非 情 編

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鑑定NO.1 [ エキストラ ]

被写体:日本軍軍人。大量の死体。

状況:日本兵が、日本軍によって虐殺された中国市民の死体を検分している所。
一般的には、南京大虐殺(1937年)の時のものとされている。が、『The China Weekly Review』の1938年10月22日号では、場所は南京ではなく蘇州という事になっている。

撮影日時:1938年6月1日から1938年10月22日の間。

撮影者:不明


参考)プロパガンダ写真研究所のFilesNO.12
鑑 定
おかしな軍装 不可解な死体




おかしな軍装

漫画家・小林よしのりの著書「新・ゴーマニズム宣言SPECIAL 戦争論」幻冬舎(1998/06 )でも指摘されているが、鉄帽の縁が湾曲しており、これは日本軍の鉄帽ではない。
米軍が使用していたM1スチールヘルメットである。
M1スチールヘルメット


日本軍の鉄帽に比べ、頭頂部の盛り上がりが低く、縁が湾曲している。

画像元)SPECIAL WARFARE NET
該当ページ)http://www.special-warfare.net/data_base/303_protective/m1_helmet_01.html
90式鉄帽

昭和5年(1930年)に制定された日本軍の鉄帽。
頭頂部の盛り上がりが高く、縁は楕円を描いており、湾曲は見られない。

画像元)大日本帝國陸軍軍装雑記帳


ポイント1:兵士がかぶっているのは日本軍の鉄帽ではなく、米軍のM1スチールヘルメット。


ヘルメットを固定する為のチンストラップ(顎紐)が、左右に垂れている。
日本軍では、鉄帽は伝統的な“兜結び”で止める為、顎紐はもっと長い。

左は、90式鉄帽の顎紐。この通り、被写体の兵士がかぶっているヘルメットの顎紐よりも二倍以上も長い。

右は、日本伝統の“兜結び”で顎紐を結んだ状態。
頤(おとがい)と顎の前部を経由する独特の結び方で、ヘルメットを固定している点に注目。

画像元)大日本帝國陸軍軍装雑記帳

ポイント2:顎紐から見ても、日本軍の鉄帽ではない事は明白。


襟が「立織襟」になっており、胸元のポケットが斜めに向いている点から察して、日本軍の九八式軍衣だと分かる。
九八式とは、昭和13年(1938年)6月に改正された陸軍の制服である。
(昭和13年5月31日勅令第392号)

軍服の年代から察して、少なくともこれは南京事件(1937年)に撮影されたものではない。


右の写真は、陸軍九八式軍衣。襟と胸ポケットの形状が同じである点に注目。

画像元)ミリタリーグッズ 革ジャン 中田商店
ポイント3:軍服の種類から察して、南京事件当時に撮影された写真ではなく、1938年6月以降に撮影された写真。


(e)は、護拳部分の頭頂部を握る、兵士の右拳。
(f)は、護拳が付いた片手握りの短い柄。
(g)の膨らみは、鞘の佩鐶。
(h)は、刀を取り落とさない為に、手に絡める為の樋(ヒ)。

(f)の護拳と柄の短さ、(g)の佩鐶、(h)の樋(ヒ)から考えて、間違いなく日本軍の三十二年式軍刀だ。
だが、日本軍の軍刀は昭和10年(1935年)に、三十二年式軍刀から九五式軍刀(日本刀様式)に変更されている。

三十二年式軍刀


画像元)旧日本帝国陸海軍軍刀
九十五式軍刀
(護拳が無く、柄が長いのが特徴。刀身も三十二年年式に比べて反っている)

画像元)旧日本帝国陸海軍軍刀

三十二年式軍刀は、1937年の南京大虐殺や『The China Weekly Review』に投稿された1938年には、既に使用されていない筈である。

ポイント4:軍刀の種類とキャプションの年代が一致しない。

不可解な死体

写真に写っている死体には、腐敗の痕跡も、外傷も見当たらない。
殺して間もないのか、それとも冬季ゆえに腐敗しなかったのか?
また、目だった外傷が見当たらないのは、胸側から殺傷力の弱い火気か銃剣を用いた為か?

ポイント5:死体には、目立った外傷も腐敗も見当たらない。

この写真のキャプションでは、「虐殺した市民の死体を検分している所」となっている。
だが、これは完全にウソである。
その理由は、死体の並べ方にある。
通常、死体を検分する場合は、その性別や年齢を判別する為に仰向けの状態で並べる。
しかし、死体はいずれもうつ伏せの状態である。

もちろん、死体の数や性別や年代の割合を確認する為にも、ちゃんと整頓して並べる。
だが、死体は溝に積み重ねられており、個数や割合を確認できる状態ではない。
これは単なる遺棄死体である。

ポイント6:死体を検分しているという説明はウソ。


左は、web上から適当に拾ってきた虐殺死体。
このように虐殺死体を検分する時は、性別・大まかな年齢・個数を判別する為に、仰向けの状態で整頓して並べる。

モザイク処理を施していますが、クリックすればモザイク無しも見れます。



写真の死体の配置をご覧頂きたい。
奥の方は、死体の数がまばらなのに対し、手前側にはやたら死体が密集している。
そして奇怪な事に、手前から中ほどに掛けての死体には、二つの共通点が見られる。
一つは、斜めに向いてはいるものの、全員、写真奥側に頭を向けて遺棄されているという点。
二つは、全員、うつ伏せの状態で遺棄されているという点だ。

通常、トラックや荷車で運搬してきた死体を無造作に溝に捨てれば、荷台から転げ落ちた死体の向きや姿勢はもっとバラバラになる。
頭を写真手前側に向けた状態になるものもあれば、仰向けや横向きの状態で横たわるものもあるはずだ。
だが、不可解な事に、全員が写真奥側に頭を向け、全員がうつ伏せの状態になっている。

ポイント7:死体は、荷台から無造作に投棄されたものではない。


では、この死体は無造作に遺棄されたものではなく、トラックや荷車で運んできた後、兵士らの手によって一体一体溝に運ばれたのか?
否。
もし、一体の死体を一人の兵士が運んだ場合、両腕側か両足側を持って引き摺って運ぶ事になる為、運ばれた死体は仰向けの状態になる。
もし、一体の死体を二人の兵士が運んだ場合、二人掛で両腕と両足を持って運ぶため、やはり運ばれた死体は仰向けの状態になる。
だが、写真の死体は全てうつ伏せときている。
何をどう運べば、全員うつ伏せの状態で積み重なるという現象が起きるというのか?

ポイント8:遺棄された死体の姿勢がおかしい。

鑑 定 結 果

この写真に写っている日本兵は、形状と顎紐の長さから考えて米軍のM1スチールヘルメットをかぶっている。
頭にはM1スチールヘルメット、軍衣は1938年6月に制定された九八式、軍刀は1935年以前に使用されていた三十二式。
武装が全くデタラメである。
使用されていた年代を考慮せずに集めてきた日本軍の武装に、米軍のヘルメットをかぶせただけの、ただの役者だと思われる。
死体を整列させず、うつ伏せの状態にしている事から、検分場面というのも真っ赤なウソである。

また、死体には腐敗の痕跡も外傷も見当たらない。しかも全員うつ伏せの状態で積み重なるという、有り得ない状態で遺棄されている。
なぜ、手前から中ほどに掛けての死体は全員うつ伏せであり、しかも写真奥側に頭を向けているのか?

その原因はおそらく、死体役のエキストラをカメラ前に集めた上で、撮影監督が「はい、その場に伏せて死体の振りをして」と指示を出した為だろう。
ほぼ全員、奥側に頭を向けてうつ伏せているのは、地面に傾斜がある分、その姿勢の方が楽だった為だろう。
(人の上にさらに人が積み重なっている以上、手前側に頭を向けたり、仰向きや横向きの姿勢を取っていては、下敷きになった者は苦しく、上に乗った者は不安定である)
だからこそ、全員、“無理の無い姿勢”で積み重なっているのだろう。

奥よりも、手前の撮影場所近くに死体役のエキストラが密集しているのも、ビジュアルを考慮した為だと思われる。

日本兵に仮装した役者と、死体役の多数のエキストラを用いたヤラセ写真である。
おそらく、アメリカの当局辺りが作成し、世論操作の為に各出版社にばら撒いたのだと思われる。
(ルーズベルト大統領は「参戦しない」と公約しておきながら、日中戦争に介入する為に、日本を悪役に仕立て上げた大量のプロパガンダを作成・喧伝し、国民を煽っていた事で知られる。その中でも、フランク・キャプラ監督に作成させたプロパガンダ映画「ザ・バトル・オブ・チャイナ」は有名である。
「ザ・バトル・オブ・チャイナ」の捏造に関しては、YouTubeのTHE FAKE OF NANKING - 1を参照の事。動画が消されている時は、“THE FAKE OF NANKING - 1”で検索すると良いだろう)




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