訃報




2002年8月15日、ナコがこの世を去りました。
死因は、長期の病気を苦にしての自死です。
首や左胸部の数箇所を刃物で深く突き刺し、大動脈を傷つけた為の失血死でした。
21歳でした。




ここ数日、様態が極度に悪化していたようにみえたので、
少なくとも、恋人である僕が彼女の家にいる間は彼女に付き添うことにしました。
夏に入ってから体調は悪くなっていて、特に、外出や人との接触をこわがっていました。
しかしある時から突然
「桃がたべたい」「人と話がしたい」
などと言っては、僕の手をふりきり、ひとりで昼夜を問わず外出しようとするので、
心配のあまりつい強い口調でしかりつける事もありました。

15日の早朝、加奈は友人のゆあんを家に招待する約束をしたようです。
その頃の彼女には、多少の錯乱が見られたので一定量の睡眠剤を飲ませ、
とりあえず落ち着かせようとしましたが、結局眠ることはありませんでした。

ゆあんが到着し、随分長く話してからの10時頃、
「お風呂に入る、臭い。」といいはじめました。
僕は、ゆあんの本のページをめくる音と、加奈のシャワーの音を聞きながら
呆然と時間が過ぎるのを待ちました。

気付いたら正午を過ぎ、ハっとしました。正午を過ぎてもシャワーの音がしている。
加奈が何時間も風呂に入る事はこれまでにもたまにありましたが、
来客があるのに長風呂はおかしい、と思い声をかけてみましたが
返事がありませんでした。シャワーの音だけが響いていました。


ドアの向こうには生温い浴槽の中で、血まみれになってまるまっている彼女の姿がありました。
ただ漠然と、目の前の事実を受け止めるしかできませんでした。
救急隊の方も蘇生作業を続けながら話しかけてくださいましたが、
心肺停止という言葉しか頭に入らずボーッとなってしまったり、
裏切りだよ、と怒りにも似た感情が湧き出たりと、
一言で言ってしまえば「何がなんだかわけがわからない」気持ちになり
空返事をしながら、実は誰の声も聞いていない状態に僕はなっていました。
救急車を呼んだのが自分なのかもわかりませんでした。

検死官から司法解剖の結果を聞いたこと、
彼女の家族に死亡を告げる電話をかけたこと、
あと僕がこの日の事で憶えているのは、それが真昼であったということだけです。




彼女が生前、ゆあんに「私が死んだらHPを残して欲しい」と話していたことと、
最近僕にFTPのパスワードを教えてきたことを考え
I SCREAM を急遽再アップすることに決めました。

以前、HPを運営していた頃の彼女を見ては、
自分の「陰」の状態を隠してよくシラっと更新できるものだと…
彼女にとってI SCREAM は大切な場所なのかなんなのかと…

I SCREAMってなんですか?
ナコって誰ですか?



アップロードと訃報を書く作業を今こうしてしていても、まだ僕は彼女がとなりに座って
桃を食べているんじゃないかと思ってしまいます。
ゆあんが「どれだけ桃が好きなんだよなぁ。」と無表情で言っていたのを思い出します。
桃。今年まだ食べてないのに。
まだ、してないこと、たくさんあるだろうに。
約束はどうするんだよ。今までのはなんだったんだ。
永遠を見たのは僕だけなのか。
通い始めたクリニックはどうするんだ。安っ!と喜んで申請した32条はどうなるんだ。
ドロの山を登るようではあったけど、
少しづつ摂食障害の病状がよくなってきたのはなんだったんだ。

人が死んだ時、怒の感情が先に立つのは間違っているんでしょうか。
僕は今、怒りと後悔と涙でぐちゃぐちゃです。




彼女は、いつも、彼女にしか理解できないあらゆるものに怯えていました。

カロリーこわい、水こわい、固形物もこわい、匂いもこわい、空気もこわい、生きるのもこわい、自分もこわい、明日もこわい、眠るのもこわい、起きているのもこわい、言葉もこわい、接触もこわい、夏もこわい、食事もこわい、一人もこわい、目をあけるのこわい、太るのこわい、神様こわい、心臓の病気こわい、てんかんの発作こわい、夢をみるのもこわい、嘘吐きこわい、あの唄こわい、地下鉄こわい、見られるのもこわい、会話こわい、あの記憶こわい。怒らないで。ごめんなさい。ごめんなさい。ごめんなさい。
「ごめんなさい」が彼女の口癖で、一日500mlのカロリ−ゼロの水分が彼女の精一杯の食事で、
部屋の隅が彼女の居場所でした。

彼女は、こころに傷を負うことで自分を守ろうとしていたのだろうか?
摂食障害という形で僕に何かを訴えようとしていたのだろうか?
僕には、彼女が明日、どんな顔で笑うのかも、わからなかったのです…
救えなかった。



このサイトは更新も行われませんし、掲示板へのレスもないです。
そして「供養」を考え、ある一定の時期を見て、サイトを丸ごと消したいと思ってます。

体調不良にも関わらず駆けつけてくれた加奈の一番の親友であるゆあん、
はじめ
キャラクター化してくださったマリちゃん、
そしてナコをこれまで可愛がってくださった、たくさんの皆さんには大変感謝しております。
ありがとうございました。



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突然のことではあるけど不思議と驚きは少なく、
あふれる涙とは逆に今やっと加奈と自分が向き合えたような気がする。
加奈が怯えていたあらゆるもの、
それらは私の恐怖でもあった。
この場を借りて初めて言葉に出来た。
こうしてコメントを残すことが出来、この文章を書いた加奈の恋人に感謝します。 

                                             ゆあん



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